異常を早期発見するコツ 〜人は意識していないものには気が付きにくい〜

はじめに

まずはこちらの写真をご覧ください。あなたの受け持ち患者さんの写真です。

どうでしょう、何か違和感を感じますか?

実はこの患者さん。右眼だけが僅かに外転しています。つまり、動眼神経麻痺が疑われる状況なんです。
そう言われて改めて見ると、確かに黒目の光の反射が左右で僅かに違いますよね。「こんな微妙な違いなんて分かるわけない!」という声も聞こえてきそうですが、動眼神経麻痺が生じる病態は、重篤なものでは脳ヘルニアが代表的であり、見逃すと致死的です。なのでできるだけ異常の早期発見をして、医師への報告と対応をすることが望まれます。

では、このような僅かな異常でも気が付くようにするはどうすればよいのでしょうか?疾患の観察項目を全て暗記すればいい?実はそうではありません。
異常を早期発見するためのコツを以下に記載していきます。

異常に”気づく人”と”気づかない人”の違い

皆さんの同僚の中で「この人はいつも患者さんの異常にすぐ気が付くなー」と感じる人はいますか?「私もしっかり観察してるつもりなんだけど、発見が遅れてしまう、、、」と思っている人は、その違いはなんだと思いますか?

異常の早期発見ができる人との違いは「観察をする前の思考」の有無であると考えます。
具体的には観察の前に、以下のことを考えておく必要があります。

  • その疾患において”今この患者”において”起こる可能性が高い異常””起こったら危険な異常”は何か。
  • それらの異常が起こった時、どのような症状・所見が現れるか患者の姿が映像でイメージできるように)

観察をする前の思考とは

観察をする前の思考とは「この患者さんに今起こりうる可能性の高いor起こったら危険な病態は何か。そしてそれらが起こった時はどのような症状・所見が現れるか。」を想起することです。これは臨床推論の仮説演繹法(仮説形成→検証を繰り返す方法)における仮説形成にあたる部分です。

観察項目に優先順位をつける

ただ単に「入院時に同僚がフローシートに入力してくれた観察項目を網羅する」「虫垂炎で入院しているから、なんとなく腹部全体を見ておく」では異常を発見できる可能性は少なくなります。起こりうる病態、症状の中でも優先順位をつけ、ある程度狙いを定める必要があるのです。

「その患者さんに特に今起こる可能性が高い異常」「可能性は低いとしても、起こったら危険な異常」が優先順位の上位に来ます。

症状が起こった姿を映像でイメージする

例えば、虫垂炎に対して抗菌薬を投与し、保存加療をしている患者さんの受け持ちになったとします。虫垂炎ですから、当然腹痛は観察すると思いますが、具体的にどんな病態による腹痛を想定しますか?

腹痛と一言で言っても、のたうち回るようなものから、痛みで動けなくなるもの、疼痛部位が限局しているもの、移動するものなど、病態によって様々な特徴を持った症状が現れます。

では、虫垂炎で抗菌薬加療中に起こりうる異常としては、「虫垂穿孔による腹膜炎」がまずMust rule out(絶対に見逃してはいけないもの)に挙がりますね。次に、虫垂穿孔もしくは虫垂炎の増悪による腹膜炎が起こった場合、どのような腹痛が生じますか?炎症が腹膜に波及することで内臓痛から体性痛へと変化する過程で、痛みの部位が心窩部から右下腹部へと移動します。また、有名なものは腹膜刺激症状ですね。”痛みでうずくまる””打診痛””歩行がお腹に響く”などがあります。単に”腹痛”というだけでなく、”どんな痛がり方”をするか、患者の様子が映像でイメージできるよう観察の解像度を上げていく必要があります。そして、これらを狙って観察しにいくわけです。狙っている症状は特に注意して観察するので、微細な変化にも鋭敏に気がつくことができるはずです。
そして、患者さんを観察するときに「うずくまっている姿勢になってないかな?」「歩いている時に痛みがお腹に響いている様子はないかな?」「打診した時に痛がってないかな?」と考えながら観察を行なっていくことで異常の発見ができます。


「お腹全部を観察していれば、どんな異常も見逃すことはないんじゃないの?」

こんな声も聞こえてきそうですね。
しかし、「人は意識していないことには気づきにくい」という特性があります。「なんとなく全部を見る」では異常に気づきにくいのです。これを検証した研究があるので簡単に紹介します。

先行研究の紹介

The invisible gorilla strikes again: sustained inattentional blindness in expert observers.

Trafton Drew(2013) Psychol Sci. 24(9): 1848-53. doi: 10.1177/0956797613479386.

このようなCTの中にゴリラを忍ばせたCTを用意しました。左肺に明らかにゴリラがいますよね。

放射線科医に見せたCT

このCTを複数の放射線科医に「結節を探してください」と伝えて読影してもらいました。

読影終了後、放射線科医に「結節の他に異常はあった?」と聞くと、大多数の放射線科医はゴリラを指摘しませんでした。CT画像の中にゴリラがいるという摩訶不思議な状態を認識できなかったのです。

実はこの実験では読影中の視線を記録してました。この記録を見ると、放射線科医は確実にゴリラを視認し、しかも数秒視線をそこに止めているんです。確かにゴリラを視認しているにも関わらず、ゴリラであると認識できなかったのです。放射線科医にとってゴリラは”意識の外の存在”であり、そのせいで気がつくことができなかったと考えられます。

視線の記録(青い線が視線)

この現象は「Inattentional Blindness(非注意性盲目)」と言われています。バスケをしている中でゴリラが紛れ込む動画が有名ですね。この現象が医療の診断においても生じることが明らかになった研究でした。本当の観察はただ見るだけではなく、思考を伴っていなくてはダメなのです。

なんとなく見るのではなく、「〇〇の所見はあるかな?あったら嫌だなー」なんて考えながら観察をすることで、少なくともその症状に関しては見逃すことは少なくなるでしょう。

最後に

これまで述べたことは臨床推論における仮説演繹法に準ずるものですが、看護師は学生の時に習うことは少ないので、このような思考過程は慣れるまで難しいと感じるかもしれません。仮説演繹法を知らなくとも経験を積むごとに、無意識のうちに仮説形成→検証の過程をなんとなく習得している方が多いです。しかし、自分で認識できていない”なんとなくのスキル”にこれ以上の成長はありません。
これから勉強を始める方はもちろん、ある程度疾患の知識を身につけているベテランの方も、今一度知識を実践に落とし込むための思考過程を見直してみてください。”思考過程”という暗黙知になりやすい部分を形式知に変えることが、看護師の観察力を向上させる第一歩であると考えます。

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